盛岡地方裁判所 昭和29年(行)13号 判決 1955年10月11日
原告 三浦弥右衛門
被告 盛岡地方法務局出張所長
訴訟代理人 照井清到
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人、は「被告が昭和二十七年四月二十八日、盛岡地方法務局米里出張所備付土地台根附属地図上百四十四番の一山林九反四畝歩と同番の二山林四反歩との境界線が別紙図面表示のイ、ロ、ハの各点を結ぶ線のとおりに表示されていたのを同図面表示のイ、ロ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リの各点を結ぶ線のように訂正した処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として
一、江刺郡米里村(昭和三十年二月十日町村合併により江刺町となる)字中沢に所在する、訴外川畑亦男所有の百五十六番山林一反六畝六歩、同菊池誠所有の百四十四番の一山林九反四畝歩、同菊池将雄所有の百四十四番の二山林四反歩および原告所有の二百一番山林二町五反三歩は、それぞれ盛岡地方法務局米里出張所備付の土地台帳附属地図上はもとより実地においても別紙図面表示のように相隣接し、その境界については大正六年以来昭和二十七年までの間、右各土地の所有者間に何らの紛争もなく平隠に経過し来つたものである。
しかるに昭和二十七年四月二十八日にいたり、前記菊池誠、菊池将雄の両名が前記土地台帳附属地図表示の百四十四番の一山林と同番の二山林との分筆境界線の表示に誤謬ありとして、連署の上、被告盛岡地方法務局米里出張所長宛土地台帳附属地図の訂正願を提出して誤謬訂正の申告をなすにおよび、被告は同日右申告を容れて前記備付地図記載中、右訂正申告にかかる部分を別紙図面表示のイ、ロ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リの各点を結ぶ線のように訂正し、即時右訂正した地図を同出張所に備え付けて地図訂正処分をした。
二、しかしながら被告の右地図訂正処分には次のような違法がある。すなわち、
(一) 前記百四十四番の一および同番の二の各山林は、もと百四十四番山林一町三反四畝歩の一筆の土地で、前記菊池誠の先代訴外菊池寅吉の所有であつたところ、大正六年三月八日右同人において、これを前記百四十四番の一および同番の二の二筆に分筆し同月十日右分筆登記をなすとともに同日右二筆の土地のうち百四十四番の二山林を前記菊池将雄の先代菊池亀三郎に譲渡してその所有権移転登記を経たものであり、右菊池寅吉は右分筆申請をなすにあたりその分筆各土地の地積境界を実測の上、その申請書に右実測にかかる分筆土地の地形図を添附して届け出でたので、当時土地台帳附属地図もまた右地形図に基き別紙図面表示のイ、ロ、ハの各点を結ぶ線のように分筆による両地の境界線を修正されるにいたつたのである。
従つて現地における百四十四番の一山林と同番の二山林との境界が右訂正前の土地台帳附属地図表示の分筆境界線に合致すること、すなわち別紙図面表示のイ、ロ、ハの各点を結ぶ線のとおりであることは現地を一見すれば一目瞭然のことであり、その故にまた前記菊池寅吉同亀三郎はもとより同地図表示の各土地の所有者間においても右分筆境界線の表示について分筆当初から今日までそれが正しく実地の境界線を表示するものとして何らの異存がなく紛争もなかつたのである。
しかるにその後四十年も経つた今日にいたつて前記菊池寅吉同亀三郎の相続人の、菊池誠および同将雄が右分筆境界線の表示に誤謬があるなどと主張するのは事実に反し、同人らのためにする意図に基くものであることが明らかであるのに、被告は前記事実を看過して、単に同人らの提出した土地台帳附属地図訂正願添付の測量図のみにより他に格別の調査もすることもなく現地の境界に合致していた同地図表示の分筆境界線を現地の状況にそぐわない別紙図面表示のイ、ロ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リの各点を結ぶ線のように訂正するにいたつたものであり、右地図訂正処分には何ら誤謬がないのに誤謬ありとして現地の状況と吻合しない誤つた訂正をした瑕疵がある。
(二) 元来土地台帳附属地図を訂正するときは、それによつて、時に境界紛争の因となることも少くないのであるから、右訂正にあたつては、慎重を期し訂正すべき土地について実地調査を遂げ、隣接土地所有者の同意を得るなど手続をつくした上で訂正すべきものであるところ、被告盛岡地方法務局米里出張所長の今井長治右衞門の妻が、後述のように原告と山林の境界に関して係争の間柄にあつた前記川畑亦男の妹であり、右川畑亦男が自己に有利の資料を得るため前記菊池誠および同将雄にすすめて前記訂正申告をなさせたので、右米里出張所長今井長治右衞門は前記地図訂正の処分をなすにあたつて、実地の調査はもとより、隣接土地所有者である原告の同意をも得ないで、右菊池誠同将雄らの主張のとおり訂正処分をしたのであり、右訂正処分には正規の手続によらずむしろ職権を濫用してなしたものというべき瑕疵がある。
以上のように、被告のなした前記土地台帳附属地図の訂正処分には違法の瑕疵があり、しかして右瑕疵は重大且つ明白であるから、被告の右訂正処分は当然に無効のものといわねばならない。
三、しかして原告は現在前記川畑亦男との間に盛岡地方裁判所水沢支部昭和二十八年(ワ)第三号境界確認事件が係属中であり、被告の前記地図訂正処分によつて右訴訟の結果につき至大の影響、を被るにいたつている。すなわち、原告は右境界確認事件において、原告所有の前記二百一番山林と川畑亦男所有の前記百五十六番山林との境界が、右両地に隣接する前記百四十四番の一山林と同番の二山林との境界をなす沢と右二百一番山林と百四十四番の二山林との境界をなす沢との合流点から更に南方の下流に架設してある橋の地点を起点とするものであると主張し、これに対し川畑は、右両沢の合流点が起点であると争つているのである。従つて原告の右主張は公図として有力な証明力をもつ訂正前の土地台帳附属地図の表示に一致し、これによつてその主張の正当性を立証し得べきものであつたところ、該地図を壇に別紙図面表示のイ、ロ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リの各点を結ぶ線のように訂正せられた結果、反対に前記川畑の主張が公図の表示に合致するという結果を招き、そのため原告は右訴訟の追行上、著しい不利益を被り、延ては右訴訟事件の勝敗にも至大の影響を受ける虞れを生ずるにいたつたのである。
よつて原告は前記地図訂正処分の無効確認について即時確定の利益を有するから、これが無効確認を求めるため本訴請求におよぶと陳述し、
被告の答弁に対し、前記百四十四番の一山林と同番の二山林との実地の境界が沢であることについては争いがなく、争いは要するに地図訂正後の境界線の表示の仕方いかんにあつたとの点、および被告がその主張のような手続で訂正処分をなしたことは認めるが、その余の点は争うと述べ、
立証として甲第一、二号証の各一、二を提出し、乙号各証の成立を認めた。
被告指定代理人は、先ず本案前の主張として「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として
一、土地台帳附属地図の訂正処分は行政訴訟の対象となり得べき行政処分ではないから原告の訴は不適法である。
元来土地台帳附属地図は土地の区画および地番を明らかにするため登記所に備え付けられているものであつて、それは土地台帳とともに単に土地の客観的状況を明確にする目的を有するものにすぎないのであり、不動産登記簿のように土地に関する権利関係を登録して公示することを目的とするものではないから、登記官吏のなす前記地図の訂正は、単にその記載自体に誤があつて、真実の土地の状況と一致していないことを発見した場合に前記地図の目的に沿うようこれを是正する行為であつて、何らそれによつて土地の権利関係に影響をおよぼすものではない。
ところで一般に行政庁の行為が訴訟の対象となるがためには、それが私人の法律上の地位に不利益な変動をおよぼす場合であることを要するが、右に述べたように地図の訂正処分はそれによつて何ら私人の権利ないし法律上の利益に影響を与える効果を伴う行為ではないのであるから、本来行政訴訟の対象とはなり得ないものである。
二、仮りに右主張が理由がないとしても、前記地図の訂正処分は訴外菊池誠所有の米里村字中沢百四十四番の一山林と同菊池将雄所有の同番の二山林の分筆境界線のみに関するものであつて、原告所有の二百一番山林とは聊かの関係もないから、原告は被告の前記訂正処分によつてその権利ないし法律上の利益を何ら侵害されるいわれがない。原告には前記訂正処分の無効確認を求める法律上の利益がない。
結局本件は不適法であり却下を免れないと述べ、
次いで本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張事実中、その主張にかかる各土地の境界線が盛岡地方法務局米里出張所備付の訂正前の土地台帳附属地図上別紙図面のとおり記載されていたこと、昭和二十七年四月二十八日訴外菊池誠および菊池将雄の両名が前記地図表示の百四十四番の一山林と同番の二山林との分筆境界線について誤謬訂正の申告をなし、被告同出張所長が同日原告の承諾を求めることなく右分筆境界線を別紙図面表示のイ、ロ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リの各点を結ぶ線のように訂正した上即日右訂正にかかる地図を同出張所に備え附けたこと、右菊池誠の先代菊池寅吉が原告主張の日時右百四十四番の一および同番の二の山林の分筆登記をし右菊池将雄の先代菊池亀三郎に対して右百四十四番の二山林の所有権を移転しその旨の登記を経由したことおよび原告と訴外川畑亦男との間に原告主張のような山休の境界確認訴訟が係属中であること、はいずれも認めるがその余の主張事実は争う。
一、訂正後の地図は土地の現状に合致している。
被告は、本訴により原告が右地図訂正を争つているので、念のため昭和二十九年十二月十一日原告前記菊池誠、菊池将雄、川畑亦男および測量士達下繁秀立会の上、現地を調査した。その際右菊池誠、菊池将雄の両名が百四十四番の一山林と同番の二山林との境界のうち前記地図訂正にかかる部分であると指示した実地は沢境をなすことが一見明瞭であつて、この部分については原告も、訴外川畑も何らの異議なく、結局そこで両者間の争となつたのは、右実地の境界が土地台帳附属地図上において如何に表示されるかという点に関してのみであつた。
しかして、この点について原告は訂正前の地図の表示が正しいと主張し、これに対しその他の立会人は訂正後の地図の表示が実地に合致する旨を主張し、測量士達下繁秀もまた訂正後の地図が正確であるとして先に昭和二十六年測量したことを理由に挙げて指示説明をなしたので、被告はこれら各立会人の主張に基き調査を遂げたところ実地の境界は訂正後の地図に表示された境界線に合致するものと認められる状況であつた。従つて、訂正後の地図が現地の状況に合致しており、訂正前の地図の境界線に誤謬があつたのである。
二、被告が前記土地台帳附属地図の訂正処分をなすにいたつた経緯は次のとおりであり、その間何ら原告主張のような手続上の瑕疵はない。
被告のなした右地図訂正処分は前記菊池将雄、同菊池誠の両
名の訂正申告に基くものであるが、右菊池将雄は昭和二十六年中前記訂正前の土地台帳附属地図に表示された同人所有の百四十四番の一山林とこれに隣接する同番の二山林との境界線がその表示において実地の境界と一致しない誤謬のあることを発見し、同年夏頃、岩谷堂高等学校の教諭で測量士の資格をもつ訴外達下繁秀に依頼して実地の境界を測量した結果、同境界はこれを地図上に表示する場合には別紙図面表示のイ、ロ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リの各点を結ぶ線のようになるものとして、前記百四十四番の一山林の所有者菊池誠とともに昭和二十七年四月二十八日登記所に出頭の上、右両名連署の地図訂正願を被告に提出し、且つその際右訂正申告書に前記達下繁秀の測量の測量図を添付し同人の測量の結果に基くものである旨を陳述した。
そこで被告は右両名の提出した資料に、右訂正申告が分筆前の本番の境界には関係のない単なる分筆土地間の境界線だけの訂正を求めるものであることおよび右資料が測量士による測量の結果に基くものであること等の事情を彼此勘案の結果、実地調査におよぶまでもなく、これを訂正するのが相当と認められたので同日登記所備付の土地台帳附属地図のうち前記訂正申告にかかる部分を別紙図面表示のイ、ロ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リの各点を結ぶ線のように訂正したのである。
被告が現在実務上の指針としている昭和二十九年六月三十日民事甲第一三二一号民事局長通達土地台帳事務取扱要領第七十三項によつても、右のように本来土地台帳に登録されている者は同台帳附属地図の記載に誤りがあることを発見したときは地図訂正の申告をすることができるものとされているから、土地所有者は一般に登記所に地図訂正のための資料を提供して、これにより登記官吏の職権発動を促すことができるのであるが、右申告がなされた場合の登記官吏の取扱としては、申告の際提出せられた資料を検討してこれを相当であると認めるときは直ちにこれによつて地図の訂正をなし得るとともに、提出資料の外実地調査を遂げた上、その結果によつても地図の訂正をなし得るのである。このようにして地図の境界を訂正すべきものと認めたときは訂正の経過ならびに訂正処分を明らかならしめるため、原図において明瞭に訂正し得るものは訂正部分を朱抹して所要の黒線を画し、しからざるものは所要の個所に貼紙をして訂正し且つ関係土地台帳の沿革欄に「某年某月某日地図訂正」の記載をする取扱になつており、当時地図訂正処分をなすにあたつてもほとんどこの要領の趣旨にしたがつてなされていたのである。
従つて被告が前記訂正処分をなした際もこの要領の趣旨にしたがつてその手続を履践したものであり、且つ申告人には口頭でその申告のとおりに訂正したことを告げ、米里村村長に対してもその旨の通知をなしたのであるから、被告のなした前記地図訂正の処分は適法且つ有効で何ら原告主張のような瑕疵はない。
以上のとおり被告のなした前記地図訂正処分には何ら原告主張のような瑕疵は存しないのであるから、原告の本訴請求はすべて理由がなく失当として棄却さるべきであると述べ、
立証として乙第一、二号証を提出し、甲号各証の成立を認めた。
理由
江刺郡米里村字中沢所在の百五十六番、二百一番、百四十四番の一および同番の二の各山林の境界が訂正前の盛岡地方法務局米里出張所備付の土地台帳附属地図上において、別紙図面表示のとおりに記載されていたこと、昭和二十七年四月二十八日訴外菊池誠、菊池将雄の両名が右百四十四番の一山林と同番の二山林との分筆境界線について誤謬訂正の申告をなし、被告が同日原告の承諾を求めることなく右分筆境界線を別紙図面表示のイ、ロ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リの各点を結ぶ線のように訂正した上、即日右訂正にかかる地図を同出張所に備え付けたこと、右百四十四番の一山林と同番の二山林との現地の境界が沢境であること、原告と訴外川畑亦男との間に現在盛岡地方裁判所水沢支部昭和二十八年(ワ)第三号土地境界確認事件が係争中であること、はいずれも当事者間に争いがない。
ところで被告は本案前の主張として先ず土地台帳附属地図の訂正処分は行政訴訟の対象となり得べき行政処分ではないから原告の本訴は不適法である旨主張するのでこの点から判断する。
登記官吏のなす土地台帳附属地図の作成・修正および訂正の処分が土地台帳の登録・修正および訂正の処分と同一目的の行為であることは、土地台帳法第一条に「この法律の施行地にある土地についてはその状況を明確にするためこの法律の定めるところにより土地台帳に必要な事項の登録を行う」と規定し、同法施行細則第二条に「登記所には土地台帳の外に地図を備える。地図は土地の区画および地番を明らかにするものでなければならない」と規定していることに徴しても明らかである。従つて、これによれば登記官吏のなす土地台帳の登録その他の行為は、土地について権利関係その他の状況を明確にすることを目的とする行為であり、地図の作成その他の行為もまた土地台帳と相待つて、権利関係の対象である右台帳に登録された土地を区画および地番によつて特定することを目的としているのであつて、両者はいずれも権利関係の対象である土地の客観的状況を明確ならしめることにおいてその軋を一にしているものである。ところで土地台帳附属地図に関しては土地台帳法には何らの規定なく僅かに土地台帳法施行細則第二条ないし第四条にその規定を見るのみであつて、もとよりそれら規定のみからは、地図の作成その他の行為が本来どのような性質を有するものであるかを詳らかに知るを得ないが、前述のように地図の作成等の行為と土地台帳の登録等の行為とは元来同一の目的を有するものであり、且つ地図そのものが、実質的に土地台帳と密接不可分の一体をなすものとして取扱われている趣旨に鑑みるときは土地台帳の登録その他の行為との関連においてこれが検討を進めることにより地図の作成その他の行為の性質もまた自ら明らかにされるものといわなければならない。
よつてこの点から検討を進めるに土地台帳がもと税務署備付の公簿として、税務署が地租の課税標準たる賃貸価格の均衡適正を図る目的からその対象土地の状況を明確に把握するための用に供されていたものであることは公知の事実である。しかるに昭和二十五年土地台帳法等の一部改正に関する法律(同年七月三十一日法律第二二七号)の施行により台帳事務所管庁が登記所に変更せられるにおよび土地台帳の目的もまた従来のような単なる税務署の課税台帳たる機能を一擲し、不動産登記の目的たる諸権利の基礎たる土地の事実関係を明確にする地籍簿としての性格および機能を賦与せられることになり、従つてまたこれに伴い地図もその目的に沿い台帳登録土地を特定するためのものとして枢要なる機能を帯びるにいたつたのである。
そして土地に異動などのあつた場合、土地台帳法は一応その所有者に申告の途を開き登記官吏において、これを相当と認める場合は右申告したところに従い台帳を修正ないし訂正すべきものとしているとともに、若し右申告が相当でないと認められる場合、または申告のない場合には登記官吏自らが職権をもつて実地の調査をなした上、地番、地目、地積等を決定すべきものとして、根本的には該処分を登記官吏の職権行為と定めているのも究極において法が右台帳の目的を充分に発揮せしめるようその登録事項の正確性を担保せんとの企図に出でたものと解すべきであり、同法の土地台帳に対する右取扱がそのまま台帳附属地図の作成その他の行為に対しても同様になさるべきことは、もともと地図が実質的には同台帳の登録と密接不可分の一体をなすものであり、且つ台帳と同じく土地の客観的状況を明確にする目的を有するものであることから、当然のことといわなければならない。昭和二十九年六月三十日民事甲第一三二一号民事局長通達土地台帳事務取扱要領が登記官吏の地図取扱に関し、前記土地台帳に関すると同様の手続によるべき旨を定めているのもひつきようこの趣旨を明示しているのである。
しかして右のように土地台帳および地図が権利関係の対象である土地の客観的状況を明確ならしめることを目的とし且つ手続上もその正確性の担保が企画せられていることの当然の帰結として従来一般に台帳の登録ないし地図の記載には、その効果として、唯一の証明力を有するものではないが、通例反証のない限り何人もこれを承服せざるを得ない公の証明力を有するものとして扱われて来たのであり、従つて、この点において登記官吏のなす台帳の登録、地図の記入その他それらの修正訂正の処分は、いずれもこれに登録ないし記載せられた特定範囲の土地の権利関係その他権利関係の対象である土地の客観的状況を証明する行為として、行政庁たる登記官吏の一種の公証行為たる性質を有するものといわなければならない。
すなわち登記官吏のなす土地台帳附属地図の訂正行為は登記官吏のなす公証行為であり、この公証行為は常に当該地図に表示された特定の土地の所有者らに利害の関係を生ぜさせる行為である。蓋し、現実に当該地図によつて隣接土地との関係を公証せられている特定の土地所有者は若しその隣接土地の所有者との間に境界その他の点につき紛争を生じた場合、自己の主張を維持するための有力なる証拠資料として当該地図を使用し得べき利益を有するのに、当該地図の記載が登記官吏によつて訂正せられるときは反証を挙げてこれを覆えさなければならない証拠上の不利益な地位に立たされることとなり結局右訂正行為により右土地所有者が当該地図を有利に使用し得べき利益を侵害せられることになるからである。
もつともこの場合の当該地図に表示された特定の土地の所有者の右図面の表示により受ける利益、すなわち訂正行為により侵害される利益は、勿論権利というを得ないものであり、また通常権利若しくは利益といい、権利と同様に国家の保護を受けられるものとされている。明らかに国家の承認を得ているいわゆる法律上の利益ともいうを得ないものとしても、この利益は単なる感情的道義的利益でないのはもとより、図面に表示された特定の土地の所有者らに与えられた具体的利益であり、一般的抽象的利益でもない。しかも右特定の土地の所有者らが権利関係について常に享受している利益であり、単なる反射的利益にすぎないものとして第三者の侵害があつても放置せらるべきものではない。反射的利益といつてもいわゆる法律上の利益と本質的差異があるのではなく、利益関係の程度の差異にすぎないのである。
元来行政訴訟の対象である行政処分について、特定個人の法的利益の侵害されることを要件とし、また抗告訴訟の原告の適格としてこのような法的利益を有することを要件とする制度の目的は、個人に無関係の処分についての訴訟手続を排除し、または処分に無関係な個人を訴訟手続から排除する趣旨にあるのであり、ここにいう法的利益は権利またはいわゆる法律上の利益のある場合のみでなく、結局前述の土地台帳附属地図に表示された土地の所有者らの有する利益のような裁判所が国家の保護を受けるに値するものと認め得られるような利益をも包含するものと解するのを相当とする。
しからば登記官吏の土地台帳附属地図の訂正処分は行政訴訟の対象となり得べき行政処分であることが明らかであるから、この点の被告の主張は理由がない。
更に被告は本件地図訂正処分は百四十四番の一山林と同番の二山林間の分筆境界線のみに関するものであり、原告所有山林とは関係がなく原告がこれにより何らの影響を受けないから、右訂正処分の無効確認を求める法律上の利益がないと主張するのでこの点を判断する。
原告と訴外川畑亦男間において現在盛岡地方裁判所水沢支部昭和二十八年(ワ)第三号土地境界確認事件が係属中であることは前示認定のとおりである。そして成立に争いのない甲第二号証の一によれば、右訴訟において原告はその所有の二百一番山林と右川畑所有の百五十六番山林との境界は、右両地に隣接する百四十四番の一山林と同番の二山林との境界をなす沢と前示二百一番山林と百四十四番の二山林との境界をなす沢との合流点から更に南方の下流に架設せられた橋の地点をその起点とするものであると主張し、これに対し、右川畑は右沢の合流点そのものがその起点であると争つていることが明らかであり、右認定を左右するに足る証拠がない。
しからば原告は前示訴訟において訂正前の地図の表示のとおりに主張し、他方川畑は訂正後の地図の表示のとおりに主張しているものと見ることができる。
従つて、原告は本来被告の本件地図訂正処分がなかつたとすれば、訂正前の地図を、前示訴訟において自己の主張を維持するための有力な証拠資料として使用し得べき利益を有していたのに、被告の右処分によりその利益を失うにいたつたのみならず、かえつて、川畑から訂正後の地図をその主張維持のための証拠として提出せられた場合にはこれを覆えすに足るそれ以上の有力な反証を提出せざるを得ない訴訟法上極めて不利な地位に立たさるべきこと明らかである。原告は被告の本件地図訂正処分によつて叙上の不利益を受け、その法律的地位の危険不安を被つていること明らかであるから、本件地図訂正処分の無効確認を求めるにつきその利益を有するものといわなければならない。被告のこの点に関する主張もまた理由がない。
そこで更に本案について判断する。
先ず本件地図訂正処分は実地の境界と合致しない誤つた訂正をなしたものであるとの原告の主張について案ずるに、原告は前示百四十四番の一山林と同番の二山林との実地の境界が訂正前の土地台帳附属地図に表示された右両山林の分筆境界線と符合することは、現地をみれば一目瞭然である旨主張するけれども、成立に争いのない甲第二号証の一、二および乙第一号証に、前示認定のように原告と訴外川畑亦男間に現在土地境界確認事件が係属中である事実を参酌して検討するときは、訂正前および訂正後の各地図に表示せられた前示両山林の各分筆境界線のうち、はたしてそのいずれが実地の境界に合致するものであるかは、しかく容易には判定し難い状況にあることが窺われる。右認定を左右するに足る証拠がない。
しからば、被告が訂正前の地図に表示せられた前示両山林の分筆境界線を別紙図面表示のイ、ロ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リの各点を結ぶ線のように訂正したことが、仮わに原告主張のように誤りであつたとしても、前示認定のような状況の下においてはその違法はもとより重大とはいえ、とうていこれを明白なものとは認め難いから、これをもつて被告のなした本件地図訂正処分を無効のものとは断ずることができない。よつてこの点に関する原告の主張は理由がない。
次に本件地図訂正処分は正規の手続によらず権利を濫用してなしたものであるとの原告の主張について案ずるに、原告は土地台帳附属地図の訂正はそれによつて時に境界紛争の因となることも少くないのであるから、これが訂正をなすに当つては充分に実地の調査を遂げ且つ隣接土地所有者の承諾を得たところをもつて訂正すべきものであると主張し、本件において被告が地図訂正申告書添付の図面その他の資料のみによつて当該申告を相当と認めた結果敢て実地の調査をなさなかつたことおよび地図を訂正するに際して隣接土地所有者たる原告の承諾を求めなかつたことは被告の自認するところである。
そこで先ず本件において被告が実地の調査などをしなかつたことがはたして手続上の瑕疵となるかどうかを考えてみるのに、地図の訂正についても土地所有者からの申告の途が開かれておること、従つてまた訂正申告がなされた場合、登記官吏がその提出された資料のみによつて同申告を相当と認める場合はそのまま同申告の趣旨に従いこれを訂正すべく、反対にまた、若し該申告の資料のみで相当でないと認める場合には登記官吏自ら職権をもつて実地の調査をなし、その調査の結果に基き訂正し得べきものとして取扱わるべきであることは前示認定したところから明らかである。
してみれば、本来登記官吏のなす実地の調査は、当該申告がその資料において正確を欠くとの疑がある場合にその正確を期するがために執られる措置であつて、提出せられた資料その他によれば充分当該申告を相当と認め得べき場合には敢て右措置に出るまでもないこと勿論であり、本件において、地図訂正願に添附された図面が測量士達下繁秀が測量の結果に基き作成したものであることは成立に争いのない乙第一号証によつて認められるから、右事実を基礎として、これに当該訂正申告が本番百四十四番の一筆の土地から分筆された同番の一山林と同番の二山林との分筆境界線のみに関してなされたものであること、訂正申告者が右両山林の各所有者であること、右両山林の現地における境界が沢であるにもかかわらず、地図上それが直線をもつて表示せられていたこと等諸般の事情を考え合せると、当該申告は敢て実地調査に及ぶまでもなくこれを相当と認定するのを通常とするような状況にあつたことが窺われるから仮りに登記官吏の右認定が誤りであり、結果において当然実地の調査を必要とするような場合であつたとしても、その瑕疵は本件地図訂正処分を当然無効たらしめるものとは認め難い。
また地図の訂正がそれによつて時に境界紛争の因を成すことが少くないことは原告主張のとおりであり、従つて無用の紛争を避ける意味からも、隣接土地所有者の承諾を得ておくことが望ましいことではあるが、本来地図の目的が前示のように土地の客観的状況を明確ならしめることにあり、そのため地図の作成その他の行為が登記官吏の職権行為とせられている趣旨に鑑みるときは、地図訂正の手続上隣接土地所有者の承諾を経ることは必須の要件ではないものと解するのが相当である。若し右承諾を要件とするならば、隣接土地所有者の承諾を得られない場合には、地図に誤謬を発見しながらもそのままこれを放置するの止むなきにいたり地図本来の目的に背馳する結果を生ずるにいたるからである。その他原告主張のような権利の濫用の事実を認めるに足る証拠がない。この点に関する原告主張もこれまた理由がない。
以上のとおり被告の本件地図訂正処分につき重大且つ明白な瑕疵のあつたことを前提とする原告の本訴請求は、失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村上武 佐藤幸太郎 西沢八郎)
判決添付図面<省略>